あと1週間強でニューヨークの学校は夏休みに突入です。ちなみにカリフォルニアやハワイなどのいくつかの他州は、1ヶ月早い5月末から夏休みに入っているそうです。卒業式、終業式というと、どうしても春を思い浮かべてしまう生粋の日本育ちの私。。。そう「さくら〜さくら〜いまさきほこる〜」の音楽と共に、寂しさ感極まり涙。これこそ、卒業シーズンの気持ちではないでしょうか。
ただここニューヨークの子供たちは、夏休み前に学年が終わることが「寂しい」というよりも「嬉しい」の方がしっくりくるぐらいウキウキした様子です。我がおぼっちゃまの学校は毎年クラス替えがあり、先生やお友達と離れて寂しい、と涙するような子はほとんど見かけず、さらに退職する先生を送る全校集会のようなものもなく、去ること、変わること、終わること、に関しては、とても楽観的なように感じます。
この日本とニューヨークの卒業や終業に対する思いの違いは、社会に出た時も感じることがあります。それは会社を辞める時。日本はいざ会社を辞めると決意しても、結局お世話になった人とか、慣れた環境とか、慣れた仕事内容とか、何か後ろ髪をひかれることがあったり、次なる未来への不安とか、先の読めない怖さとか、色々な感情が込み上げることにより、寂しさ、孤独さ、不安など、必ずしも楽観的にはなれない人も多い気がします。きっと、去ること、終わることへの寂しさや感謝という心が、小さな頃から芽生えていたのではないかと思います。ニューヨークでは、というか私の周りでは、ハッピーに仕事を辞める人が多い傾向です。例え最高の職場で働いているように見えても、パッと辞める人もいます。大抵は「もっと良い条件仕事が見つかった」とか「オファーがあったから」とか「自分で始めることにした」とか、とても前向きに楽観的に未来を進んでいるようです。これはまさに子供の卒業式、終業式の気持ちと同じではありませんか!と発見する今日この頃。
これだけ聞くと、やっぱりニューヨークの人の方が子供の頃から楽観的で向上心あるように聞こえてしまうかもしれませんが、その反面文句もめちゃくちゃいいます(笑)不安や怖さは、文句として吐き出しているのか、と思うこともよくあります。そうやってバランスをとっているのかもしれません。でも日本人の私にとって、この寂しさを感じること、感謝で涙すること、新しい未来への不安と期待、というような繊細な感覚を身に付けられたことが、今は嬉しく思います。
さてさて夏休みが来るーーーと舞い上がっている坊ちゃんに、この繊細な感覚をどういう風に感じてもらえるだろうか、、、
